羽根邦夫Blog

”工学博士、電磁波対策製品WAVESAFE発明者のブログ”

ウィルスの気持ちになってみると その2 (弱毒化は合理的だが今回は違う)

 下の図のように首都圏は今日から1か月間ロックダウンになりました。理由は、昨日当たりからの以上感染者数の増加です。東京は第1波、第2波が納まりかけていたのですが、ここへきて第3波が始まり、感染者数の増加が異常委に増えました。首都圏だけにとどまらず。大阪や名古屋地区も同じように増えています。ウィルスは代を重ねるごとに弱毒化するのが一般的ですが、どうやらこれに反しているようです。

 歴史に残るパンデミックはAD541~542のユスティニアスのペストの2500万人、1347~1352の黒死病(ペスト)の7500万人、1918~1920のスペイン風邪(インフルエンザ)の1700万人~5000万人です。武漢ウィルスは後世にインフルエンザに分類されるのでしょうが、2019年末で死者は全世界で172万人ですから、歴史的に記録される事態です。最長は黒死病の6年間で、最も死者の多かったスペイン風邪は3年間でそれぞれ終息しています。
 黒死病が6年間続いたのに対して、武漢インフルエンザは2年目に入った所です。ワクチンが全世界に広まるにはあと1年はかかるでしょうから、
 さて、歴史的に最も死者の多いスペイン風邪は全世界の人口が18億~20億人である時で、一説によると1億人が死亡したともいわれます。確認されている最初の発症者は米国の兵士で、彼が第1次大戦に関わっていた米国兵士に感染者を増やして、欧州に伝染し、欧州全土に広まりました。スペイン風邪と呼ばれたのは、当時は中立だったスペインからの風邪についての情報が多いために、スペイン風邪と呼ばれたとのことです。
 スペイン風邪には興味深いことが起きています。まず一つ目は、若年層の死者が多く、20代から40代が半分です。当時のインフルエンザの死者は2歳以下の乳幼児と70歳以上の高齢者だったのが、最も頑健と言われる若年層の死者が多かったのです。
 これにはいくつかの説があります。直前に流行ったロシア風邪で、高齢者層が免疫を持っていたとする説。スペイン風邪ウィルスは、免疫系の過剰反応を引き起こし、これによってかえって免疫系を破壊されて死に至るとする説。第1次大戦による兵役や軍需産業の過酷な労働環境が、若年層の死亡率を引き上げたとする説。
 余談ですが、この若年層の死亡率が高かったことから、兵役適齢者が減り、第1次大戦が終息下したとの説も有ります。
 スペイン風邪が日本に上陸したのは大正18年(1918年)でしたが、3年間にわたって毎冬に発生し、人口の43%が罹患し、0.7%の約39万人が死亡しました。現在の武漢ウィルスの死者数が1月7日までで3,884人ですから大違いで、大変な脅威だったわけです。

 さて話を戻して、スペイン風邪ウィルスはあまりにも致死率が高かったので、天然痘や麻疹と同じに、徹底的に撲滅されました。今回の武漢ウィルスはパンデミック初期から毒性を減らしていないようです。なおかつ英国を中心として、感染率を強めています。弱毒化がウィルスの子孫を残す道であるにもかかわらず、人間の行動が感染の機会を増やし、更に感染力を強めた変異種を創り出したことで、ウィルスは滅亡の途につきました。
 今後、ワクチンの量産化で恐らくウィルスは絶滅されるでしょう。いずれにしろ、過去において致死率の高いウィルスは生き残ることができず、種の保存の見地からは間違えた道を選んでしまったのです。

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