トリチウム
トリチウムが話題となっています。トリチウムは陽子1個と中性子2個の原子で3Hと書き、半減期は12.3年と短く、崩壊して安定なヘリウム3になり、重さが3倍である以外は水素と同じ化学的性質です。
正常に運転される原子炉であれば、核分裂で生じるプルトニウムやストロンチウムその他の核分裂生成物は燃料鞘の中に閉じ込められているので、冷却水中には出て来ません。ただし、物質に対する透過力の強いガンマ線と中性子だけが鞘から出て来るためこれ等を冷却水で止め、中性子を止めた水素が中性子を吸収して放射性物質となるわけです。この様に、正常な原子炉でもトリチウムを生成し、特に重水炉(カナダと韓国)は軽水炉に比べて多量のトリチウムを生成します。
地球上のトリチウムの生成
トリチウムは自然界にも沢山存在し、上の図で示します。まず、かつての米ソが核実験で作り出したもので、約60年前に2×1020(2垓)が生成されましたが、現在は約30分の1に減って7×1018(700京)ベクレルが残っています。次が、宇宙線と大気との衝突によるもので、毎年7.2×1016(7.2京)ベクレルが作られ、半減期12.3年で減る量と生まれる量とのバランスで常時1×1018(100京)ベクレルが存在します。次が、原子力発電所や各処理施設で生成された約1×1016(1京)ベクレルが排出されます。これらが3大トリチウム源で、全地球のトリチウム量は、1~10×1018ベクレルで平衡状態となります。なお、福島原発事故前の日本の原発からの排出量は、全世界のトリチウム排出量の2パーセント以下でしたが、現在はさらに減っています。
トリチウムは水素原子と同じ化学的性質なので、地球上いたるところに存在し、太古から1×1018ベクレルが存在したので、全地球上の水や脂や炭水化物やたんぱく質に広く分散しています。海水は1リットル当たり1ベクレル、人体にも体重1kgあたり約0.82ベクレルのトリチウムが存在します。ベクレルとは、放射線源の物質が1秒間に崩壊する数です。トリチウムは崩壊してヘリウムの同位体になる際に、13.6keVの弱いエネルギーの電子を放出します。その飛程は水中や人体では6μmと非常に短く、細胞中に在れば確実にその細胞を壊しますが、それでも高エネルギーのガンマ線を放出するセシウム134,137や、高エネルギーで透過力の強い電子を放出するストロンチウム90に比べて、傷害の規模と量は小さく、同じ1ベクレルでも細胞への影響力は約300分の1です。
体重50kgの場合の人体の被曝量は、毎時2.8μSv(マイクロシーベルト)となり、年間では25mSvの被曝量です。この場合のSvは生物への影響力で規格化してあるので、セシウムでもトリチウムでも同じです。トリチウムの内部被爆量は、外部から受ける全自然放射線量の2.1mSv/年の12倍となり、ICRPの1mSv/年の規制値(この場合は許容値)に比べたら、とても大きな値です。それでも人類は発生以来、ほぼ天寿?を全うしているので、この状態で良しとするのでしょうか。
トリチウムの海洋放出について
福島原発の事故の前までは、日本が海洋放出していたトリチウムは、5年間平均で毎年3.8×1014ベクレルでした。今は福島原発のタンク中に事故の原子炉が生成した1×1015ベクレルのトリチウムが残っていて、数年後に原発敷地内に納まらなくなります。このトリチウムを、黒潮を使って希釈しながら北太平洋へ放出することを計算してみます。
黒潮の流量は、神戸海洋気象台海洋課伊藤渉氏の2008年測候時報第75巻特別号S19~S31「黒潮・黒潮続流の正味流量及びその季節変動について」によれば、42±9×106m3と見積もっています。これを平均流量40×106m3として、1ベクレルの海水4000リットルに処理水からの1ベクレルを加えて1.00025ベクレルに希釈するには、3.17年をかけて徐々に放出すればよいことになります。沖合に放出して沿岸に影響が無いように黒潮の中に流すには手間がかかりますが、技術的に可能ですし漁業への影響は無視できるでしょう。3年以上をかけて、宇宙線による生成量の約200分の1ずつを加えるのですから、全世界への影響も無視できるでしょう。
なお、日本海側では、韓国東岸の3施設の1つの月城の重水炉からは、1基当たり日本の軽水炉の6∼10倍のトリチウムが放出されています。海流に乗ったこれらのトリチウムは北からの親潮の影響も有って、しばらく韓国と北朝鮮の沿岸に大きな渦を描いて留まった後に、南から来た対馬海流によって日本海から流れ出るでしょう。柏崎などの、対馬海流に洗われる日本の原発からのトリチウムは、量が少ないですし直接対馬海流の本流に乗って、津軽海峡や宗谷海峡から太平洋に流れ去ります。
海水中のトリチウムは脂質や炭水化物に組み込まれないので、殆ど生体系には影響しません。私たちは炭酸ガスの排出を減らし、プラスティックの削減に努力をすべきでしょう。