新幹線客車内の60Hz磁界
新幹線は16両の車両に1,000人(満席時約1,300人)の乗客を乗せて時速300kmで走ります。東海道新幹線のN700型の16両編成の場合、最大電力は17.1MWを要し、電圧25,000Vでの合計電流は680Aです。1両当たりの電流は、モ-ター付き車両が12両の場合、57Aで大型家電製品5台分程度です。それでも、モーターやインバータ(モーターを駆動するパルス回路)からの磁界がどんなものなのかと、東海道新幹線のN700型車両に乗った際に、極低周波磁界測定器のCombinova MFM10を使って、走行中の客室内の磁界強度を名古屋から新横浜まで測定をしました。この測定器は、極低周波領域の磁界測定の標準となるものです。当日は人身事故の影響でたびたび徐行運転を行い、加速と減速および一定速度運転の磁界を繰り返し測定出来ました。
測定した位置は、客車の端から5列目の窓側でモーターとインバータに近い場所です。磁界強度は減速時の回生電流によるものが一番強くて2.7μT、加速時が1.4μT、空気抵抗を抗しながら一定速度での高速巡行時には0.6~1.2μT、動力を切って惰力で走る時が0.2~0.6μTでした。これらの磁界は全て60Hzの正弦波で、インバータ回路に流れこむ、あるいは流し出す電流によるものでしょう。架線から流れ込む電流とレールへ流れ出す電流による磁界も加わったかもしれません。これは、モーターとインバータ回路からの磁界が充分に遮蔽されており、モーターとインバータの高い周波数の磁界が客室に漏れ出ていないことを示します。
なお、この周波数におけるICNIRP(国際非電離放射線防護委員会、WHOはこの組織の作るガイドラインをそのまま規制値とし、各国の政府機関も同様に規制値としている)のガイドラインは200μT以下です。この値は、各家庭でも配電盤の傍などでも局所的に生じることがあります。
話を元に戻して、新幹線客室内で磁界が強いのは、モーターに近い車両の前後端のレールに近い窓際で、弱いのは両方のレールの間の3列シートの通路側で、モーターから離れた車両の中央部、と言う事になります。すなわち、座席番号10-Cとその前後です。0.1μT~数μTの60Hz磁界はICNIRPの規制値の50分の1以下の値で、数時間の被曝であれば問題は無いでしょう。ただし、乗客は移動時の数時間ですが、職員は業務として長時間の繰り返し被曝を受けるのであり、健康管理を密に行う必要が有るのではないでしょうか。
新幹線の車両は複数のメーカーが作っています。著者が測定したのはその中の一つです。この車両のモーターとインバータの磁界が遮蔽されていたのは、これ等の機器を納める容器がたまたま構造的に遮蔽機能を持っていたためかもしれません。いずれにせよ、モーターから離れた客車中央部に席を求めると言う磁界対策に代わりは有りません。