九九を覚える合理性と認知症のリハビリ
日本は九九の掛け算を暗唱するのが、小学校2年です。生まれる前から中学生までの小児の脳神経系は、記憶システムの貯め込む(書き込みと呼びます)能力が強く、どんどん貯め込みます。ヒトが物事を考え、見聞きした時の経験も脳に書き込まれますが、再利用しないとせっかく作った経験は不活性になり、覚え込まれません。あまり物事を考えないと、再利用されないので物忘れをします。
高齢者の記憶システムも同じで、刺激の無い生活をしているともの忘れをするようになります。この他にも、小児期の脳細胞には刈り込みと呼ばれる、間違いや使わない書き込みを消す消去機能が活発に働き、不要な記憶を消して記憶を引き出す速度を速め、正誤両方の記憶を貯め込んでパンクしない様になっています。
九九を8、9歳のまだ使い方もわからない小児に覚えさせるのはどうしてでしょう。九九はそれだけではお経を覚えるのと同じですが、高学年になって、掛け算や割り算、場合によっては足し算にも使うようになると、繰り返し使われることで九九は一生残る記憶となります。
さて、インドでは99×99まで暗記をさせている、と言ううわさが有りますが、実際には20×20までくらいの様です。実生活の中でむしろ必要なのは概算です。例えば28×52であれば、30×50にして概算1500、と把握します。実際の28×52は1456で、誤差は1500÷1456≒1.030で+3%ですから、概算は十分に役に立ちます。
そこで、試しに四捨五入すると30になる、25から29までと50になる51から54まで計算をすると、計算値は1275~1566で誤差は-15%~+4%となります。つまり、九九を使った暗算をすれば、誤差は10分の1とちょっとで済みます。これは3桁以上の計算でも同じで、2桁目を四捨五入して1桁目を暗算すれば良く、わざわざ2桁の掛け算を暗記しても、精度は大して良くなりません。
話しを大きく飛ばして、認知症を物覚えの観点から観てみましょう。ヒトの思考と記憶は、脳細胞のシナプス結合で形成されます。このシナプス結合は使った分だけシナプス間の結合力が強くなります。たった1度だけ使ったのでは、時間と共に他の経験や記憶の中に埋もれて、結合は残し難いのです。大きく4つに分類される認知症は、シナプス結合が劣化した場合と、脳細胞が物理的に死ぬ場合が有ります。ちなみに、認知症の7割弱のアルツハイマー型は前者に含まれますが、シナプス結合の劣化という観点では、皆同じです。
合理的に設計されたヒトの記憶システムは、認知症に対して対処することが出来るのではないでしょうか。それは、ダメージを受けても、シナプス結合のシステムを覚え直し、理解し直し、で結合関係を再構築することです。つまり記憶のリハビリです。忘れる速度に対して、記憶を創るのが方が速ければ、記憶と思考を創り出して人生を再構築できます。
今日の3月11日の産経新聞の20面に、10数年前に脳梗塞で左脳の4分の1を失った清水ちなみさんは、「お母さん」と「わからない」以外は話せなくなったが、当時小学2年のお嬢さんの助けで言葉を取り戻して、今は本を出版でるようになった、という記事が有ります。
脳に障害を受けた時期がまだ若かったからも有りますが、ご本人のやる気と家族の助けで、脳を再生したわけです。この様に、認知症になってもリハビリは可能です。高齢者は認知症を防ぐために、“繰り返しの記憶と思考の呼び出し”を心がけましょう。繰り返しは、前の言葉を思い出し、新たの思考と記憶を作ることで前の言葉を脳の記憶ネットワークの中に深く刻み込みます。
認知症になった方も、 意識的に“繰り返し”をして今やっていることの記録を何度も書き直せば、忘れ無いと思います。道を間違えたら、イメージで何度も歩き直すなど、記憶を頭に焼き付けることをお進めします。