スターリンクがウクライナ戦争で果たしている役割
民間衛星通信網のスターリンクは、イーロン・マスクがテスラの利益を使って立ち上げたスペースX社の宇宙事業の一環として行っている衛星通信事業です。携帯電話(当然固定電話も)のサービスが届かない地域に対する通信サービスが目的です。これまでの国際間の通信は、高度36,000kmの静止軌道衛星では0.26秒以上の遅延が有るため、遅延が少ない海底ケーブル(ファイバー)を主にしており、衛星通信はバックアップ用です。これに対して低軌道衛星群を使うスターリンクは遅延が大幅に少なくなります。
スターリンクは、まず高度550㎞に約1,600個、1,150kmに2,800個、340kmに7,500個を順次打上げ、合計12,000個の衛星を2020年代中頃までに10年と100億ドルをかけて構築する衛星通信システムです。軌道高度を550km地上局間の距離を2,000kmとすると、空間遅延時間は0.1秒プラス衛星内の処理時間(多分0.03秒)程度でしょう。海底ケーブルにはかないませんが、目的と用途が違うので十分な通信速度です。
下の写真はスペースX社がF9ロケットを使って、大量の衛星を軌道に乗せるために一度に60基の衛星を打ち上げ、重量約250kgのEバンド(60~90GHz)の衛星を1基ずつ軌道に投入したときの写真です。
低軌道衛星通信携帯電話はすでに実用されており、この分野ではスターリンクは後発ですが、自前のロケットを使ってあっという間に実用化しました。日本ではKDDIがスターリンクを1,200局の基地局を介して地方の顧客向けに高速な通信環境の提供を目指しており、熱海沖の初島にスターリンク-au基地局を設置しています。
スターリンクの技術に匹敵するのは、軍事衛星通信システムです。民生用のスターリンクは守秘能力以外の領域では、すでに規模と通信速度の点で優れているでしょう。それでも、砲撃目標の指定や、偵察結果の報告などにスターリンクを軍事利用した時、ロシア軍の現地部隊が通信を傍受できたとしても、作戦が始まる前に対応をするのは時間的に無理です。
笑い話の様ですが、ロシア軍は開戦当初、ウクライナの民間携帯電話網を使って軍事情報をやりとりして、ウクライナ側に盗聴されて司令部を破壊されるなどの被害を被っています。また、ロシア人兵士がウクライナの携帯電話網を使って、故郷まで泣き言の電話をかけたことも暴露されています。
ウクライナ戦争で衛星通信の有効性が確認されたのは、いつでもどこでも使えることです。ロシアに侵略されたウクライナが通信インフラを攻撃されることに備えて、開戦2日目にはスターリンクの利用を要請し、3日目の2月27日にはスペースX社のCEOのイーロン・マスクはウクライナがスターリンクを提供可能、と素早く発表しています。通信端末装置さえ地上に置けば、衛星は世界中を周っているので、可能なわけです。
スターリンク社がウクライナ政府と結んだ契約は、病院、銀行、家庭用などにブロードバンド環境を与えるもの、とのことです。上の写真は軍事用か民間用か分かりませんが、キーウ市内でのアンテナの写真です。
使用料金は、アンテナとケーブルと受信機に役をするルーターの専用キットを最初に499ドルで購入し、使用料は月額99ドルとのことです。使用料が従量制かどうか分かりませんが、普通の携帯電話通信の数倍程度で安定した通信手段を使えるわけで、軍事面でのコスパはかなりお得です。無人機の操縦には使えませんが用途は沢山有り、民間の情報と区別するのは難しく、スターリンクは規約違反とするのは難しいでしょう。ウクライナは戦術と戦略の両方でスターリンクを使いこなしています。
ロシア軍も使いたいはずです。もし使わせると、戦争は長引きスターリンクは儲かることになります。こうなったら、イーロン・マスクはどうするでしょう。
スターリンクは規約に気を付けて使えば軍事用としても優秀で、米軍も自前の衛星通信網以外にスターリンクを使用しています。日本でも自治体などの公的機関をはじめとして、災害対策として準備しておくと良いでしょう。