羽根邦夫Blog

”工学博士、電磁波対策製品WAVESAFE発明者のブログ”

ふぐちり

 朝鮮特需で羽振りの良かった父が、ふぐちりを家族で食べに連れて行ってくれたのは、寒い冬の時期に年に1度だけでした。行ったのは、浅草の仲見世通りと新仲見世通りの交差する角で駒形橋よりで、2階の窓に見覚えが有ります。残念ながら今はうどん屋さんに代わっています。富山から出てきた父は魚しか知らず、勿論、同じ裏通りに並ぶ牛肉で有名な今半には行きませんでした。このお店、調理場にはフグの皮で作った提灯がぶら下がっていて、裏口みたいな入り口でした。座敷はそのまま上がって2階で、部屋は2つか3つで給仕のおばさんが数人しかいない、小さな店でした。

 しかし、父がそうだったのか、調理場の御主人がそうだったのか、子供だから食べさせてもらえなかったのか、当時の下町がふぐ刺しは下戸とされていたのか、60過ぎになるまで、私はふぐ刺しと言うものを食べたことが有りませんでした。当時から   下関あたりでは立派な大皿に敷き詰めたふぐ刺しを賞味したのでしょうが、東京の下町は刺身無しでいきなり鍋でした。
 ふぐ鍋で出されたのは、骨に肉が付いたあらと雑具(ざく)と呼ばれる春菊だけで、ふぐの香りが活きます。骨の無い部分の正身はだれかがふぐ刺しで食べていたのでしょう。繰り返しますが、我が家では1回もふぐ刺しは食べたことが有りません。でも、私は鍋が本当のふぐの食べ方と思っています。ふぐ刺しは、紅葉おろしとポンスの味にふぐの歯当たりの食べ物で、ふぐは火を通さないと美味しくなりません。
 鍋は、水に昆布を入れた出汁で、沸いてきたら昆布を出した澄んだ出汁でふぐのあらを煮るだけでした。ふぐだけを食べる殺風景だが、美味しいものしか使わない雑味の無い鍋でした。つけ汁は紅葉おろしに分葱とぽんすで、これもふぐの香りを損ないません。父は焦がしたひれを湯呑に入れて熱燗を注いだひれ酒を飲み、細切りの皮をさっと湯通ししたものをぽんすで食べていました。
 つまり、ふぐちり鍋は最初からあらを食べるだけで、正身はほんの少しです。そして、クライマックスがおじやです。あらや春菊を食べ切ったあとで、熱いご飯を入れてじっくり火を通して出汁を含ませて柔らかくします。この時、小さなお餅を入れて粘り気を添えたかもしれません。仕上げは溶き卵をまわしがけしで、蓋をして火を止めて固まるのを待ち、残った漬け汁を加えて頂きます。
 最近、チェーン店のふぐ料理屋が有ります。これらの店は、刺身、焼き、揚げ、など何種類ものふぐの料理を並べ、鍋には白菜やねぎや椎茸などを加えて、少ないふぐでお客の腹を満たすものです。美味しいふぐのあらを、たっぷり味合せてくれるわけでは有りません。
 そんなわけで、最近の雑具で味が乱れたふぐちりにならないようにするには、自分でトラフグのあらを買って鍋を作ることをお進めします。通販で産地を確認し、高い刺身は少な目で、あらを優先でご購入下さい。野菜は春菊とほんの少しだけの長ネギです。つけ汁には本物の橙を使い(甘くなければ瓶入りでも結構)、醤油を昆布出汁で少しだけ薄めてぽんすを作ります。大根おろしを絞って一味唐辛子を混ぜた紅葉おろしと多めの分葱の小口切りを用意ください。鍋は平たい薄い鍋で、水に昆布を入れてゆっくりと沸かし、野菜は最後に少しだけです。
 さあ、これが寒い夜の、昭和のふぐちりです。

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