コハダのシンコ、寿司のアート続き
私のコハダ好きには歴史が有ります。原因は父で、まだ小学校に入る前のころ、父は朝鮮特需で家に帰らずに、墨田川にかかる白髭橋の西詰めにあった工場に寝泊まりして仕事をしていました。賄いのおばさんが居ましたが、富山生まれで魚が好きだった父は、夕食を寿司屋で食べることが多かったようです。
この菊寿司と言う寿司屋、三ノ輪から浅草を結ぶ山谷掘りの通りに面していました。池波正太郎の「剣客商売」で、息子の秋山大治郎の道場は父の工場のあたりで、三冬の居た根岸の寮は菊寿司から鶯谷の方に向かったところでしょう。
父が末息子の顔を見たかったからか、たまには親らしいことをしたかったからか、何回もこの寿司屋に呼びつけらました。たまたま季節は夏でコハダの子供のシンコの出回る時でした。今と違ってシンコも高くなく子供が食べることが出来ました。小さな男の子なので、魚よりも肉類が好きだったはずですが、このシンコは美味しかったのだと思います。次に行った時にシンコを食べたいと言ったら、もう季節を過ぎてしまったと言われて、ちょっとだけ残念だったことだけを覚えています。
そして、世帯を持ち父が亡くなり、正月料理の粟づけのコハダを見てシンコを想い出しました。今の薄給の身ではシンコを出してくれるような店に入ることはかないませんが、正月のコハダ(コノシロ)の粟づけを食べることは出来ます。

さて、この写真の寿司は5枚のシンコを1巻の寿司に乗せています。コハダは出世魚というか、シンコ・コハダ・コノシロ、と名前が変わり大きくなるほど値が安くなります。この値がはる小さな魚を開いて作るシンコ寿司は、ほんの短い間しか食べられない貴重品です。そんなわけで、この写真のシンコを5枚も乗せた寿司は、高価なものでしょう。とは言え、この5枚乗せの寿司は、魚が多過ぎて成金主義丸出しです。このシャリなら2、3枚のシンコを広げて乗せた方が、お米の味との組み合わせが良いのではないでしょうか。
私は、お寿司は口の中で最初にシャリを味わい、続いてネタの魚が口いっぱいに広がるのが良いと思っています。人間の口の中の食物に対するセンサーは、まずカロリー源の炭水化物を喜び、次いで脂肪やたんぱく質に力を感じると持っています。そして、美味しい寿司とは炭水化物と脂肪と蛋白質の順序とバランスが良いことです。口のセンサーはその食物を別々に食べるよりもそのハーモニーを喜ぶのではないでしょうか。だから、寿司もネタを下にするよりもシャリを下にして口に入れる方が美味しい、と思っています。皆様も、美味しい食物をご自分の味覚がどの様に拾い上げているか、お考えになりませんか。
