羽根邦夫Blog

”工学博士、電磁波対策製品WAVESAFE発明者のブログ”

生き残っている新左翼と極左

 昭和47年(1972年)に、新左翼の連合赤軍があさま山荘に人質をとって閉じ籠り、2名の警察官と1名の民間人の死者を出したのがあさま山荘事件です。その4年前に起きた東大紛争事件は、左翼学生が日本の権力の象徴として東京大学を選び、中心となる講堂を占拠した事件です。東大事件までの左翼運動は、ロシアを源流とする共産主義を教義とする左翼思想でした。しかし、この紛争以後の主流となった新左翼思想は、教条的となっている共産党主導を嫌った中革、革マルなどのグループを形成し、離合集散を繰り返して連合赤軍が生き残ります。
 この新左翼の各集団は、暴力的で革命的であることを競い合うことが特徴です。連合赤軍はその蒸留物である若者達が集まったもので、銀行強盗を計画し、銃を奪い、14名をリンチで殺すなどをしながら軽井沢のあさま山荘に転がり込み、逮捕されたものです。大事なことは、当時の日本にはそれがいくら非合法でも、極左思想の人々の拠りどころとなる組織があったことです。
 さて、令和8年の現在、日本国民の政治思想を保守から左に向かって並べると、左派思想の最後の約1割に極左思想の人々がいるはずです。この人たちは、かつての新左翼と同じに思想的、政治的な教義は無視した暴力と破壊を信じ、中革、革マルよりももっと左の、連合赤軍と同じの自己破滅型の人物がその奥に隠れています。彼等はどの時代にも必ずいる、隠れた不満分子です。
 極左思想に教義は不要です。破壊と自己破滅を個人的に信奉し、一般人の言う倫理や道徳や法律を守る気もなく、行動に目的と意義を求めません。彼等は民主主義体制を否定しているため、法律や生活ルールを守る気が無く、民衆を見下しているため、社会から違和感を持たれても気にすることは有りません。
 問題は、若者がこの様な極左思想へ深化する過程が単純で身近なことです。中学、高校の頃に数学や社会科を通して、基礎的な論理学を身に付けた若者は、どこかで共産主義の息吹を感じる事が有ります。この単純で明快な共産主義に、明晰な若者は必ず一度は囚われます。社会的には認められていないこの思想に囚われていることを、若者は優越感と共に密かに熟成します。
 それでも、若者が接する共産主義思想は閉鎖的であり、就職や恋愛などの社会的な経験を積むことで、共産主義よりも開放的な資本主義に基づく社会思想と習慣を学んで、大半の若者は共産主義を卒業できます。私もそうです。しかしこの卒業を体得できず、成人を過ぎ老人になってしまう人達が1割のさらに奥にいるのではないかと思います。
 この左派の1割には極端に行動的な集団が選挙になると騒ぐ「シバキ隊」がいます。彼らとその同類は、選挙で騒ぎ、沖縄に行って反基地闘争を行い、高市首相に握手のふりで手を強く引っ張って負傷させる、など体制攻撃をする。この中革や革マル程度の左翼は利口で警察には捕まらず、中国から活動資金を得て老人になることができ、一生を新左翼として暮らせます。
 左翼1割のさらに奥にいる極左の人々はもっと問題です。彼等は、これまでは立憲民主党の一部とれいわ新選組という論理的に支離滅裂な政党を支持しています。しかしここで問題は、れいわ党首の山本太郎氏が血液の病気で議員を辞職しており、代行する党首は教条的で発展性の無い新左翼思想だけのつまらない人物である事が問題です。
 これまで、山本太郎氏がその支離滅裂な発想で、立憲民主党や公明党、共産党などの左翼勢力をまとめて、社会への不満を持つ極左思想の人物の妄想と欲求をも満たしていると思っていました。しかし左翼議員の中には、彼に代わってこの極左の人物を満足させる先導者がいません。
 心配なのは、第2の山上徹也が産まれ、個人テロに走る危険が有ることです。

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