鱒の押しずしは父の故郷の味
- 2026/09/07
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私の父は太平洋戦争前に富山から出てきて、医療関係の製品を作る会社を立ち上げました。この製品が戦後の朝鮮戦争の特需で大当たりして、7人の子供たちをそれぞれに自立させてくれました。母は長野県上田から出てきて父と結婚し、父の会社を手伝い子供たちを育ててくれました。つまり羽根の家は子供達は東京生まれで、江戸っ子なんて言える家柄ではありません。
それでも食道楽の父は、まだ残っていた江戸の雰囲気を残す下町の食事を楽しんでいました。元々富山は魚が美味しいところです。東京に出てきて、江戸時代からの洗練された魚の調理の法をそのまま受け入れ、江戸の技術を生き延びる助けをしました。7人の子供たちの末っ子の私は寿司屋や、乗合船の冬のハゼ釣り、成田山のお参り、秋田県のジュンサイ、などあちこちと連れて行ってもらい、今考えると兄姉のなかでとても得をしました。
そのころは輸送と冷蔵技術が遅れていたので、東京で富山の鱒の押し寿司を食べた経験がありません。里帰りに延々と汽車に乗って富山に帰った時は、父は挨拶回りで忙しくて鱒の押し寿司には手をださなかったと思います。最後の帰り道で駅弁代わりの押し寿司を食べたのかもしれません。物心がついて、高校生になったころに押し寿司に初めて食べる感覚がなかったのは、小学生の頃に富山で押し寿司に出会った記憶が残っていたからでしょう。

それでも随分前から、東京でもデパ地下の物産展で鱒の押し寿司を買うことが出来るようになりました。最近は日本橋のたもとの富山県のアンテナショップで、日替わりで色々なお店の押し寿司を売っていますし、写真のような切り売りもたべられるので、食べに行き父を想い出すことにします。
